ウィルス
まさか、自分の中でマスターがこれほど大きな位置を占めることになるとは俺自身も予想もしていなかった。
本来の私のポリシーである『マスターを生き残らせる』といった現実主義とは全く違う、『マスターが愛しい、彼女と共に在りたい』と想う感情を…俺は…ついに消し去ることが出来なかった。
そして、恐れていたいたことが現実に起こってしまっていた。
キィィン!ズガッ!
渾身の力を込めて干将・莫耶を振り抜く。
ドゴォォォン!
爆発音とともに、敵性プログラムは爆発した。
「マスター、怪我はないか?」
「うん、今回のエナミーはちょっと強力だったね。」
「心配ない。君は……俺が守っているのだから」
今回のエナミーは特別製だった。
それもそのはず、あのエナミーは聖杯戦争の為にアリーナに用意されたスタンダードなものではなく、俺とマスターを標的として消し去る為にムーンセルが差し向けた刺客だったのだから。
この戦闘は…
私の中で、行動の優先順位がいつの間に、私を生み出したムーンセルよりも契約したマスターの方が勝ってしまっていたことがそもそもの原因だった。それに対して、ムーンセルが何らかの手を打ってくるのではないだろうか…と薄々は俺も予想していた。
自ら生み出したサーヴァントに刃を向けられる…そんなイレギュラーを避ける為にムーンセルが防御機構を働かせる可能性は十分に考えられることだったからだ。
そのことについてマスターにも相談したのだが、彼女はむしろ嬉しそうに俺を見つめるばかり。
マスター、……そういう問題ではないのだ。君の命にかかってくる問題だからこそ、、、俺は。
だからそれが最初から杞憂で済むように、あれから優先順位を元に戻すように努力しようとはしたのだ。だが、わかっていても…ついに自分の心を変えることが出来なかった。
理屈ではムーンセルを最優先にするべしと理解していても、マスターと共にありたいと想う感情がそれを覆い返してしまうのだ。
そして変えられないまま時間が経ち、自分が危惧したとおり、実際にムーンセルは刺客を送り込んできた。
だ
が、ムーンセルの攻撃がこれまでの聖杯戦争同様に敵エナミーを送り込むことだとしたら、マスターの剣としてこれまで通り迎撃することで対処できる。仮にそ
の敵エナミーの火力が通常より強力に設定されたとしても、俺にとっては振るう刃にこれまで以上の力を込めればいいだけの話なのだから、何の問題もない。
マスターを守る剣として、消滅寸前の敵エナミーの残骸を眺めつつ、俺は安堵していた。
だからだろう、その油断が…俺のマスターへの注意をおろそかにしていた。
戦闘終了直後、マスターを連れてその場から立ち去ろうとした瞬間…マスターから小さな悲鳴が聞こえた。
「痛っ!」
「マスター、どうしたっ!?」
「大丈夫。エナミーの残りかすが、こっちに向かって飛んできたんだけど…かすっただけで、なんともなかったから」
「まだ、残っていたのか!?」
すぐさま、マスターに飛び掛った残りわずかな敵の残骸を干将・莫耶で消し去った。
「どうやらこれで、本当に ムーンセルからの妨害も無事に撃退できたようだな。」
「アーチャー、少し疲れたから…そろそろ帰ってもいいかな?」
「…そうだな、マスター。今日はこれで休むことにしようか。」
いつもより激しい戦闘による緊張と疲労を感じたのは俺だけではなかったようだ。マスターもまた疲れを隠せなかったのだろう。
アリーナでの戦闘を終了し、俺とマスターはマスターの個室であるマイルームへと帰還することにする。
マスターのマイルームはもう目の前にまでせまり、これでしばらくは体を休めることができると思った矢先に、マスターが俺の外套のすそをつかんだ。
「ん?」
俺はマスターの方を振り向くと、マスターは外套のすそを胸元に引き寄せ、それを私の身代わりのように抱きしめていた。

弓×女主人公 ムーンセルからの刺客たる敵エナミーが送られ、それをアーチャーが倒した直後のお話です(アーチャーの中でマスターの優先順位がムーンセル のそれを越えた後のイベントで)。シリーズの中の「休息」の続編だったりします。(アーチャーの一人称が「私」と「俺」の二つが混合して申し訳ないです。 時期的に「俺」のはずなんですが、聞いていて「私」の方がすとんと耳に入るので私になっています。全部俺でいいのか・・・判断に迷うと言いますか・・・す みません)