奇跡
私は王の眠りの中で聖杯を求める夢を見る。
王の選定をやり直す…私が守るはずだった国の滅びを阻止すること、それが私の王としての務めであり誇りだと信じていた。
その願いを叶える為、私は幾度も聖杯を手に入れる旅に赴く。
その中で、私は彼に出会った。私は…その願いは間違っていると告げられ、そして彼を愛することになった。
彼が聖杯は望むべきものではないことを教えてくれて、ついに旅は終わり…私は眠りにつく前に、再び戻ってきた。
王の務めは終わり、すでに民が気高い王を求めていなくとも、国が滅び再びそのよりどころが蘇り栄え変わっていこうとしても…それでも私の王の誇りと責務が解けることはなく…。
私は眠りの隙間で垣間見る、その夢の中で祈る。
私が愛することになった彼もまた、これから長い旅にでるのであろう。
今はもう遠い彼に、伝えたかった。
その孤独な旅路の果てに、人間らしい心が仕舞い込まれ彼の心が機械のように変わり果てたとしても…その痛みに、誰も気づくことがなくても…私があなたの強さを知っている、と。
哀しい光景が続きそれに終わりがないとわかっていても、この声をあなたに届けたい…そう願う。
再び出会う…その願いは、片方が待ち続け片方が追い続けた先に、奇跡でも起きない限り叶うことはないのだとしても。夢の中で、私はささやかな願いをもって待ち続ける。
それは私にとっても、彼にとっても長い時間だったのでしょう。
あれからどれくらいの時間が経ったのかはわからない。
私は長い眠りから目覚め、外に出て久しぶりに自分の肉体で動く実感を味わった。
初めて剣を手に取った時のように、息が切れ、心が弾みだす。心は晴れ晴れとしている。
自分が望んだ理想や夢は、なんてはかなく眩しかったのだろう。
色鮮やかな世界に再び触れたその時、私のささやかな願いもまた叶うことはないのだろうことを私は悟った。
そして、叶わないとわかりながら彼の姿を私は思い描く。
きれいなものに憧れた。叶えたい理想があった。
例え、自分自身の心から出たものでなくても、その生き方が美しかったから自分は憧れた。
初めて目の前に現れた彼女は、自分の憧れたそれだったからだろう。今も心の奥に焼きついて離れない。
長い旅に出ることになったけれど、それを辛いと思うことはなかった。
旅の中ではいろんな人や街に出会い、そこできれいなものに出会えることもあった。
それほど自分に欲はなかったからわずかばかりの感謝でも自分には満足できたし、それで歩き続けることが出来た。
しばらくして、この旅に終わりがないことに気づいたけれど、歩みを止める理由を決められなかったから…歩き疲れた…苦しいと感じる心を奥にしまいこむことにした。これで長い旅も歩けるようになる。
代わりに辛いと感じることはなくなったが、嬉しいと感じることもなくなった。それは信念を貫く鉄の心。ブリキのように固く錆びついたとも気づかずに…ただひたすら自分はそう信じて歩き続ける。
生まれて初めて見た自分にとって一番きれいなものも、また大事に心の奥にしまいこんである。
地獄のはてに目を閉じれば、あの時のままの君の姿が浮かんでくる。
鉄の仮面をつけて外すことを忘れたからだろう、もうありのままの自分の声は聞こえなくなっていた。はじめから自分はそうだったかのように…歩く為に自分は歩いていく。
そんな旅が気の遠くなるほど繰り返された…
この旅はこれで何度目なのだろう。
気がつけば…自分のいるそこは黄金の草原だった。
魔術師が、自分に呼びかける。
「…ほう、辿り着いたのか。奇跡だな。来たまえ、彼女はずっと君を待っていたよ」
自分が心にしまいこんだ彼女の名に、ひきよせられるように自分は導かれた。
そこには、自分が忘れることの出来なかったあの光景があった。
こんな日がくるとは夢にも思わなかった。それでいて、ずっと自分が待ち望んだ光景だった。
記憶の中の彼女が、解き放たれたように柔らかな笑みを帯びて、自分を見つめる。
彼女が縛りから開放されて…よかったと、ただひたすらに思う。
再び出会えたならば、話したいことはたくさんあったはずなのに、もはやこわばってしまった自分の心に今は…どんな声をかければいいのかわからなかった。
彼女と出会った日々の記憶を辿り、呆然と見つめる。
そこには、夢の中で何度も会いたいと願った人がいた。
目の前の彼は夢の中で出会い思い描いていたあの頃よりも、ずっと変わり果てた姿になっていた。
虚ろな瞳、こわばった体、そしてあの時自分に注がれた溢れんばかりの人間らしい感情が感じられなかったことが私には哀しかった。その変化が彼の歩んできた道の厳しさを表している。
彼はあの頃の彼ではない。自分が憂いたようにその心も体も疲れ果て摩耗してしまっていた。
それでも、例え、その姿が変わり果ててしまっていても…会いたかった。
彼に巡り会える奇跡を私は神に感謝した。

長い時間に固く閉ざされてしまった彼の心に、私はそっと近づく。
彼の中に、私が愛した彼がいる。
「おかえりなさい、シロウ」
時は…動き出した。変わり果てた彼の中にあの頃の面影が戻ってくるのを感じる。
あの時と同じ声で自分を呼ぶ声が聞こえた。
自分にとってとてもきれいでだからこそ大切だったそれを、心の奥にしまいこんだことが幸いした。
その記憶は磨耗することなく、今鮮やかに蘇る。
錆びついたブリキの心臓に温かな血が通いだし、まるであの時の続きのように、彼女に呼びかける言葉が浮かんだ。
「ただいま、セイバー」
鉄の仮面はすでに降りていたことも忘れて…
長い時間止まっていた二人の時は、今、再び動き出していく。
あとがき
pixiv 収録
アーチャーとセイバーの再会の瞬間。セイバーは王の縛りから解放され、アーチャーはかつての自分を取り戻していく。仮面はアーチャーになって身に着けた皮肉屋なあり方で、ありのままの自分とはアーチャーのかつて士郎だった時の心という例えに一応してあります。